「バイリンガルと バイカルチャル」について!

トリリンガル教育

「バイリンガルと バイカルチャル」について!

バイカルチャル

もともとすでにバイリンガルの私は「英語はツールだから。それをどうやって使うかが問題だよ。」と同僚に話をした時、みんながみんなしてどういうわけかすごく賞賛してくれたのを今でも鮮明に覚えています。

言葉だけ、話だけができてもしょうがないのです。それをどうやって使うのか。。。相手や場面によって行動やことばを切り替えることができる。。。。これこそが「バイカルチャル」なのです。二言語、二文化をもつ子供たちということですね・・・私も通訳という仕事をしていると言葉だけをそのまま訳してはいけないということに日々気付かされます。いかに文化、その言葉の後ろにある背景を理解してから訳さないといい通訳とはいえないと考えます・・・ジョークを訳したりなどするときはまさにそうですね。エージェントなどにアピールポイントを聞かれると即座に「雰囲気を訳します。」と答えています。。。バイカルチャル的発想になっているでしょうか???笑

我が家の場合、バイリンガルではなくトリリンガルを目指しているのだから・・・「トリカルチャル」?になるのでしょうか???

敬語

日本語には敬語があります。これこそ、相手、場面によって使い分ける必要があることばです。ことばだけではなく、目線、距離、声、顔の表情、お辞儀なども無意識のうちに変えているのです。

これこそまさに「バイカルチャル」といえるのではないでしょうか?息子の学校で、他のママたちを対象に日本語を教えていますが、この敬語の使い方は教科書通りに教えられるものではありません。敬語から日本語学習を始めた生徒さんからしてみれば、敬語を使わずに話す日本語(同級生や家族内で使ういわゆる普通?の日本語)を話すことがとても難しく感じてしまうわけです。そしてもし話せたとしてもそれはそれは違和感たっぷりに聞こえてしまうのです。同じことが逆に敬語を後から学ぶ生徒さんにもいえるのです・・・

教師は親!

子供が出会う初めての文化、母文化の教師は親になります。子供はまず家庭の中で共生することを学び、だんだんに交流の輪が遊び友達、学校友達と広がって、社会的、文化的存在になっていくのです。つまり文化形成と言語形成が同時に起こるのです。

もし親が外国、外国人の存在を「違う」というイメージとして10歳以下の年少期に印象づけたとするとそれは恐ろしいことに差別意識となって継続され、無意識のうちにその影響をうけることになると言われています。初めての教師である親の役割がいかに大事なのかということですね。

バナナ?それともゆでたまご?

バナナちゃんって昔流行りましたよね。中(つまり考え方や態度)は白(つまり白人)外見(行動)は黄色(つまり日本人)という意味です。逆に中が黄色で外見が白なのがゆでたまごというわけです。

自分の子供はバナナちゃんでもなく、ゆでたまごちゃんでもない、しっかりと両方の文化と言葉を理解した子供に育って欲しいものです・・・

本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。


にほんブログ村 教育ブログ 早期教育へ
にほんブログ村

にほんブログ村 子育てブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 子育てブログ マルチリンガル育児へ
にほんブログ村

1

関連記事

ピックアップ!

ピックアップ!

月別アーカイブ